成長の谷で何を「捨てる」のか
- 3月29日
- 読了時間: 4分
更新日:4月19日
1. 誠実なリーダーたちを絶望させる「負の重力」
直近、数社のクライアント企業様にて計30名ほどの部長・リーダー陣と1on1を実施しました。
総じて「誠実・真剣・真面目」な方々でした。
担う業務テーマやチームビルディングに対し、驚くほど高い当事者意識を持ち、日々葛藤しながら邁進されていました。
しかし、彼らの多くが共通して話してくださった、リーダーとしての自信を根底から揺さぶる「困り事」がありました。
それは、「一部のメンバーによる執拗な反発・抵抗・非協力」という壁です。
もちろん、チームの多様性は力です。
異なる価値観からの議論は視点を磨き、時にはリーダー自身の認知の歪みを正してくれる貴重な鏡となります。
しかし、あえて言わねばなりません。「議論を深めるための異論」ではなく、ただ組織の歩みを止めるためだけに存在する「負の重力」は、確実に存在しています。
生態学的に言われる「2:6:2の法則」の下位2割は、普段は遊んでいるように見えても、有事の際に駆動する潜在的なキャパシティとして、 若しくは、敢えて違う角度や立ち位置・能力から価値と成功を捉え、思わぬ可能性を示す機能を有しています。
これはグループダイナミクス上の"同調圧力"や"エコーチェンバー"の抑止力として、ある意味で貴重とすら考えられます。
が、ここで問題にしたいのは、機能しないどころか周囲のエネルギーを奪い、組織を腐敗させる「完全にマイナスな2」の存在です。
2. 「心理的安全性」という名の、ぬるま湯の正体
私は、リーダーが特権を放棄し、本音で話せる場を創ることが重要だと考えています。
企業組織に参画することは、「仲良しクラブ」という名の停滞したぬるま湯に浸かることではありません。
「お互いに傷つけ合わない」「積極的に妥協や折衷案で収め、和を大切にする」
これはヒトとしての基本ではありつつ、企業組織の心理的安全性の解釈としては十分ではありません。
私が提唱する「関係の質」の向上とは、決して馴れ合いではありません。
共通の物語を成し遂げる、「プロとして背負うべき高い緊張感」を共有することです。
この緊張感から逃げ、冷笑し、変化を拒む存在を放置することは、優しさではなく、単なる「嫌われたくない」というエゴ、あるいは「向き合うことからの逃避」に過ぎません。
3. 「才能の搾取」を放置する、リーダーの背信行為
組織開発における最大の損失(負のROI)は、目に見えるコストではありません。
「物語を信じない者が撒き散らす不協和音が、周囲のAクラス人材の熱量をも奪い去る機会損失」です。
1人の強烈な非協力者は、周囲の誠実なメンバーから30〜40%もの生産性を奪い去るというデータがあります。リーダーが「あいつもいつか分かってくれるはずだ」と決断を先送りにしている間、その横で必死にアクセルを踏んでいるエースたちの才能と情熱は、刻一刻と削られています。
誰かを守るために、誰かを犠牲にしていないか。
「役割を担うつもりがない・物語を否定する者」を抱えたまま進むことは、残された誠実なメンバーに対する最大の「背信行為」であることを、リーダーは自覚しなければなりません。
4. 代謝(パージ)は、排除ではなく「救済」である
「合わない人間を切り捨てる」という言葉は、非情に聞こえるでしょう。
しかし、本質は逆です。
価値観が合わない場所で、周囲から浮き、成果も出せず、冷ややかな視線に耐え続けることは、その本人にとっても「尊厳の剥奪」ではないでしょうか。
物語に共感できない人間を、無理に船に乗せ続けることほど残酷なことはありません。
「異なる物語を持つ者が、ふさわしい場所へ移ることを助ける」。
これは排除ではなく、個人の可能性を解き放ち、別の場所で輝く機会を与えるための「積極的離別(ポジティブ・オフボーディング)」です。
組織という生命体が健康を維持するために「代謝」が必要なように、この決断こそが、組織と個人の双方を救うことになる、と感じています。
5. 物語に「登場するか、しないか」
今回、迷いながらもお伝えしたいこと。
それは、チームとメンバーの成長をさせていくべく、OODAループを回し、センスメイキングを成すその先に、たった一つ残る「最後の一片(ピース)」についてです。
「成長の循環」を完結させるのは、美辞麗句ではありません。
「誰もが信じられる物語を掲げたとき、自然と登場する人物も選ばれていく」。
誰にでも「変われる・活躍できる機会と可能性」がある中で、「変わらない・否定する」を選んだメンバーには「別な物語」を歩んでもらう。
"学校"ではない、「ビジネスチーム」を率いるリーダーだけが担う、覚悟と権利だと思っています。